【Talent Rank】ドラマの数字の稼ぎ方「あなたの番です -”視聴率”反撃編-」

そろそろ9月、いよいよ夏ドラマも最終回に向けて数字の稼ぎ時である。

最近のヒットドラマの傾向には、いくつかのパターンがあることは本稿でも何度かお話ししてきた。原作やキャスト、ストーリーなどに最初から大きな話題性があり、初回の高い視聴率をそのまま最後まで維持し続ける、”先行逃げ切りパターン”。これには話題の俳優の出演や、話題の原作など、最初から数字が読める仕掛けが欠かせない。

ただそのように数字の読める存在は限られており、最近多い傾向は”シリーズ物”、固定ファンがついている好調のコンテンツをシリーズ化していくパターンだ。シリーズからのスピンオフや映画化など、単発ドラマの展開を超えたコンテンツのマルチユースでの収益化も見込め、ビジネスとしても美味しいパターンだ。

どちらかと言うとそんなシリーズ物が固定ファン向けであるのに対して、幅広い視聴者を巻き込んでブームとなっていくのが”バズ型ヒット”。初回の話題はそれほどでもなかったが、いつの間にかネットを中心に盛り上がり最終回は大爆発をする、私たちの周りの多くの人を巻き込んで盛大な話題となる典型的なヒットパターンだ。

やはりテレビ的な盛り上がり、お祭り現象としては、この最後の”バズ型ヒット”は欠かせない。テレビというメディアを超えて様々な話題やトレンドを生み出す力を持つこの”バズ型ヒット”は、エンタメ業界にはなくてはならない流行エンジンと言えるだろう。

今回の夏ドラマでの”バズ型ヒット”は、何と言っても「あなたの番です」(日本テレビ系列、日曜22時30分)と言えるだろう。

今のところ今年最大のバズ型ヒットドラマと言えるあの「3年A組」枠の後継ドラマだ。日テレのこの枠、前々作の「今日から俺は‼」も含めて「3年A組」と今回の「あなたの番です」で、”バズ型”ヒットを生み出す金脈に育った感がある。

先日の日本テレビの発表では、「あなたの番です」番組公式ツイッターのフォロワー数が日本テレビのプライム帯ドラマにおいて歴代1位!、番組公式インスタグラムのフォロワー数も59万人超、田中圭演じる手塚翔太名義のインスタフォロワー数も54万人超、LINEの「AI菜奈ちゃん」(W主演の原田知世のアプリ)の友だち登録者数も100万人に迫るなど、SNS上で圧倒的な支持を集めている。

そんな「あな番」だが、実は視聴率の面では苦労をしてきた。

日本テレビとしてはなんと25年ぶり(四半世紀である!)という2クール連続ドラマとしてスタートしたこのドラマ、4月14日放送の初回視聴率(ビデオリサーチ調べ、関東)は一桁の8.3%。そして2回目以降は6%台に降下し、8回目までほぼ6%台の超低空飛行、前半クール最終回の6月16日放送の第10話も7.9%と、二桁どころか一桁の後半を維持するのもやっとという状況、これで従来通り1クールで終わっていたら多分失敗作という評価に終わっていたかもしれない。局サイドの立場で考えると、6%台のドラマをもう1クールも続けなくちゃならないの? というブルーな状況だったのではないだろうか。

だが、ネットのリアクションを見ていくと、この状況は少し変わってくる。

図1:ドラマ「あなたの番です」出演者の週別Twitterトレンド
 

図1はTalent Rankで見た「あなたの番です」出演者のTwitterトレンド(週別)だ。

上が10代男性、下が10代女性のTwitter投稿者数を表している。ティーンの男性は西野七瀬、女性は田中圭のツイートが最も多いのがお分かりいただけるだろう。

このグラフで面白いのがまず5/20週、直前の5/19 22:30-23:25放映の第6話の反響がこの5/20週の数値に反映されていると見ていい。

この5/20週で10代男性の西野七瀬の数値が跳ね上がっているが、この第6話はまさに”西野回”と言える回だった。それまで露出が控えめでセリフも少なかった西野がこの回では主要キャストとして扱われ、ドラマの舞台となるマンション内の彼女の部屋が紹介され、高等数学が得意なリケジョであるという設定も披露、その結果Twitter上では、「西野さん有能」「西野さん活躍」「なーちゃん積分してる」「なぁちゃん名探偵」「今回は神回」などのコメントが飛び交った。

このようにTwitter上では10代男性に大いにバズられた第6話だが、視聴率的には実は「あな番」のシリーズ全体最低視聴率6.3%という、惨憺たる結果に終わっている。
これはどういうことだろう。

理由の一つは視聴率の集計方法、世帯と個人のギャップだ。

6.3%というのは番組平均世帯視聴率であり、これを個人別瞬間視聴率で見たら西野のシーンの10代男性の数字は別のものになっているだろう。最近のテレビ媒体についてよく言われるのは、特に広告主サイドから見た場合、世帯視聴率が大きめに出てCM単価が高くなってしまう枠よりも、自社の広告ターゲット層が多く見ていて比較的コスト競争力のある枠の方が媒体価値が高いという評価だ。

仮に10代男性向け商品を抱えた企業の宣伝担当からすると、この「あな番」第6話はまさに彼らにとっても”神回”だった筈だ。ここにはテレビ媒体の営業的なヒントがある。

確かに世帯レベルで見ると第6話は最低だった。だがそんな第6話では重大な変化が起こっていて、その変化の質は狙いを同じくする広告主にとっては大変な価値のあるものだったと言うことだ。

たしかに西野の活躍だけでは彼女のファン層から外れた女性層や中高年層の数字を獲ることは難しい。ここは編成的な悩みどころだ。そしてその一つの解決策が、たとえば今季好調の他ドラマが行なっているような父娘キャスティングであることは前稿でお話しした。異なるファンベースを持つ俳優を複数組み合わせてリーチを広く狙うのだ。いわば足し算の手法だ。ただその方法も、元々持っているファン層をマルチで足していくだけで、それだけでは爆発的な数字の拡大が見込めるわけではない。

大ヒットを狙うには足し算ではなく、掛け算が必要だ。

「あな番」第6話は西野のファン層が持っているポテンシャルを活性化しただけで、掛け算にはなっていない。10代男性はバズったが西野のファン層以外には波及しなかったため、世帯視聴率の数字には反映しなかったのだ。この、その俳優が元々持っているファンベースしか反応していない状況は、他のメジャー俳優を起用したドラマの数値を見ても言えることだろう。その俳優のポテンシャルを超えた掛け算が起きていないのだ。
では、そのテレビ的な掛け算て、なんだろう。

6%台の低空飛行をしていた「あな番」の視聴率の数値が上昇に転じるのが、6月9日放送の第9話。前回の第8話が6.7%であった視聴率がこの第9話で一気に8.0%に跳ね上がるのだ。その後、7.9%、8.1%、9.2%、9.2%と上昇を続け、7月14日放送の第13話では10.9%とついに二桁を達成、その後も好調に数字を維持し、直近では11%を獲得し夏ドラマの視聴率ランキング上位に上がってきている。まさに”視聴率”反撃編!だ。

では、この反転攻勢のきっかけとなった第9話で、いったい何が起きていたのだろう。それがわかれば、バズ型ヒットの秘密がわかるはずだ。

図1のグラフでそれがわかるのが、6/3週と6/17週の間にある10代男性の紫の三角だ。

木村多江である。

10代男性にとっての西野七瀬は足し算でしかないが、10代男性にとっての木村多江は掛け算である。ここにヒットの極意がある。

お分かりだろうか。

第6話の西野のバズと、第9話の木村のバズの違いについて整理してみよう。

10代男性が西野七瀬にバズるのはあたりまえ。珍しいことでもなんでもない。ニュースにもならない。なぜか? 意外ではないからだ。

「あな番」第6話で起きたことは西野の露出が増えたから西野のファン層が反応した。それだけのことである。これだけでは当たり前。

第6話のバズに意味があったとすれば、それは西野のバズではなく、「あな番」のバズにある。西野自身のバズというのは「あな番」放映前からも充分にあった。10代男性は日常的に西野のことをバズっている。それは田中圭のバズが「あな番」放映前から10代女性に多くバズられていたのと同じだ。

番組広報的に重要なのは、西野や田中をバズっている彼ら彼女たちに、「あな番」についてバズらせることだ。そしてそれは簡単にできる。西野ウオッチャーに「あな番」を通してネタを提供すれば、バズられるわけだ。バズらせる条件とは、意外性、ニュース性、これ面白いじゃんというネタ性。

そのためには西野が西野っぽく番組に露出しているだけでは弱い。たとえばファンが理解している西野とは別のキャラクターを彼女に与える、それが第6話ではリケジョであり有能であり活躍であり積分の方程式をさらさら書いてしまうであったわけだ。この意外性でファンがバズる。西野と意外なキャラの掛け算で、バズが生まれる。そしてその時、「あな番」そのものがバズネタとして彼らに認識されるのだ。

ミステリーだかホラーだか評価の定まらない低視聴率ドラマが、第6話以降は少なくとも10代男性にとってのバズる対象になる。

なんだこのマイナードラマ、弄っていいんだ、というわけである。

第6話のバズの意味とは、特定のクラスターに弄りの対象として認知してもらったことである。これがバズ型ヒットの準備段階だ。

職場や学校でも弄ってはいけない対象はいくらでもある。

日々常識的に生活している我々は、迂闊なことで一見さんを弄らない。エンタメも同じだ。弄る対象にならないコンテンツは、無視されているのと同じだ。視聴率一桁代のドラマはまさにそうだ。寂しいものである。
だが「あな番」はこの第6話を境に弄る対象となり、すでに弄り済みの10代男性は次のネタ待ちの待機状態となる。なんでもぶっ込んでやれば面白おかしく打ち返してくれる、そんな視聴者とのいい関係がこの第6話で出来たのである。この関係はコンテンツにとっては財産と言える。

そしてその関係に盛大に火をつけるのが、日常生活では10代男性が話題にすることのない大女優・木村多江である。

この第9話放映直後、木村はアイドル西野七瀬ばりのバズを10代男性たちから受けるのだ。日常は話題にされない層から大騒ぎされる、異質な者同士の核融合、これがまさに掛け算である。この非日常性に周りの層も何が起きたのかと関心を抱く。その関心が次々に波及していく。それがこの掛け算バズの威力だ。

10代男性が木村多江をバズっている。これは日常的なことではない。男子高校生が木村多江を話題にする、そこには意外性があるはずだ。この日常ではありえない取り合わせ、これが意外性であり、掛け算の効果である。

それを聞いた人々は、何があったんだろうと思う訳だ。

普段は西野七瀬や他のアイドルを話題にしていたアカウントが、突然木村多江の話をするのである、波及するバズとはそう言うものだ。それは人々の注目を浴びる。

第9話の木村多江、いやぁこれは本当に凄かった。

「あな番」反転の最大の功労者は、この木村多江である。

過去、様々なエンタメコンテンツで必殺技や超兵器というものが登場した。私も個人的にすごいなぁと思ったものの一つが、スターウオーズのデススターだ。惑星一個を破壊してしまうのである。こんな兵器にかなうものはないや、まさに最終兵器と思っていたのが、

この「あな番」第9話を見てぶっ飛んだ。

泡立て器である。

木村多江が泡立て器で大人の女性を人質に取り警察を向こうに回しての大立ち回りである。泡立て器ですよ、泡立て器。あの瞬間、あの泡立て器が何と恐ろしかったことか。少なくとも私の中ではその恐ろしさはあのデススターを超えていた。そのぐらい怖いんだから。惑星を10個ぐらい壊せるんじゃないかというぐらいの大迫力の木村多江の怪演技である。これがウケないわけがない。

その反響が、すでに絶賛ネタ待ち受け中だった10代男性を直撃した。これが6/10週の10代男性の紫の三角、木村多江に対するバズである。

木村多江だから絶対何かしてくる、怪しい、という一般視聴者の期待をはるか斜め遥か上で鮮やかに打ち返すテレビ史に残るであろう名怪演。「あな番」のヒットはこの瞬間に決まったようなものだ。

そしてこの回を境に「あな番」出演者のTwitterトレンドも視聴率も右肩上がりでぐんぐん伸びていく。性別世代を超えてお祭りネタ枠として認知されたのだ。ヒットのキャズム越えである。この瞬間、「あな番」はまさに”バズ型ヒット”の軌道に乗ったのだ。そう、俳優と番組スタッフたちが、「あな番」をヒットの軌道に載せたのである。

 ■TwitterやインスタグラムやLINEでの丁寧な公式アカウントの展開。

 ■huluでのサイドストーリー#扉の向こうの放映。

 ■TVerでの見逃し対応。

これらネットを活用した”バズ型”ヒットの仕掛けにアクセスするきっかけを最初に作った西野七瀬、そこにアクセスをした10代男性たち、そして機が熟した瞬間そこに盛大に火をつけた木村多江、こうやって掛け算型の”バズ型ヒット”が生まれた。

今やネット上の「#あな番考察」は社会現象になりつつある。

ネット上ではこれまでに張り巡らされた数々の伏線や、映像資料、音声資料が丹念に掘り起こされ、まるで実際の難事件を解決しようとする如くネットの捜査機能がフル回転している。彼らは「#あな番考察班」と呼ばれ、SNSの投稿は休むことがない。

ああ、これを狙っていたんだな、この感じに持って行きたかったんだな、と納得した。

秋元康と言う人は、今更だがテレビを知り尽くしているな、凄いなと思う。25年ぶりに2クールドラマに挑戦した日テレも凄い。

失敗を恐れるのではなく、途中の過程のブルーな状況にも怯まず、最後には成功を自分の元に手繰り寄せる。

成功は自分で作るものだ、失敗はそこで終わらなければ失敗ではない。

たしかに保障はない、だが挑戦しなければ結果は得られない。結果を成功に導くのは自分たちだ。プロの仕事とは、そう言うものだ。

 そう、数字は作るもの。

ネット社会の今だからこそ、仕掛ければ数字は積み上げられる。

「あな番」はそんなことを教えてくれた。

まもなく最終回、久々にテレビらしい盛大なお祭りが見られそうだ。
 


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